主体的学び研究所

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主体的学び(アクティブラーニング)全国ネットワーク

中西徹先生(就実大学)は主体的学びを促す反転授業の実施に熱心に取組まれている。「発想学」というカリキュラムを作り、自由な発想でモノづくりに取り組む授業でも新たな発見がありました。アクティブラーニングはカリキュラムの転換が必須であり、最近米国のPODネットワークでイノベーション賞を授与したMichael Palmer先生(バージニア大学)は、アクティブラーニングを促すシラバスの作成について論述している。評価方法についても様々な取り組みがされているがまだ納得できるものは生まれていない。そもそも大学4年間の学びの評価は社会に出てからでないと出来ないという考え方もある。(教育学的な議論ではないが)

中西先生は全国の大学が今取組んでいるアクティブラーニングについて交流できる場を作りたいと考えています。主体的学び研究所としても一緒に仲間づくりをしていきたいと考えています。

研究員
花岡隆一

「偉大な教師はインスパイアする」※

東京インターハイスクール[東京都渋谷区](http://www.inter-highschool.ne.jp/)では、卒業式と入学式を同時に行う、とてもユニークなセレモニーを開催している。「同時開催? なぜ? どんなことをするのだろう。」多くの方がそう思うのではないだろうか。

時期的には、新たな進路に踏み出してしばらくしてからの式となる。自分の学びたいこと、追究したいことを前提にカリキュラムを作り、将来像を描きながら勉強し、プロジェクトをやり遂げて卒業を迎える。修業年限はない。その過程が自分のしたいことだから楽なのかというと、そうではなかったと多くの卒業生が振り返っていた。

では、やる気、継続力、原動力はどこにあるか。「ただ単に教科を勉強するのではなく、自分にとってなぜその教科を勉強するのか。意味ある学びができるからこの学校に入った。」「やろうと決めた。たいへんとも思ったが、やってみるとできた。」「いままでの自分を振り返り、好きなことだけするということでなく、「自分に責任を持てるか」と自問することで達成できた。」卒業生のことばは、主体的な学びとはなにかについて、大いに示唆するものだ。

「偉大な教師とは、、、」と引用した講話をたびたび拝聴したが、(私の経験上で)今回ほどピッタリだと思ったのは、この入卒式の生徒さんたちが初めてだった。壁を乗り越えて進路を切り開いた卒業生を見つめる入学生と入学したての後輩を見守る卒業生(と在校生)は、お互いをインスパイアする素晴らしい人たちだった。

※William Arthur Wardの格言
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.

研究員 大村昌代

ICEモデルとアクティブラーニング

Queens 大学(カナダ)で開発されたICEモデル(Ideas-Connections-Extensions)はポータブルであることから使い易いため、アクティブラーニングを促進する考え方として大学や高校の現場でじわりと広がってきている。

開発者の一人であるSue Fostaty先生は知識の評価では人の成長を促すことができないと考え、ブルームとは違う方法、即ち学習者自らが省察を通じてPDCAを回しつつスパイラルに成長していくことを評価できるものとしてICEモデルを考えた。

ICEに取組んでいる方々から出る質問として、ICEはIから始めるのですか? これはどこから始めてもよい。Eから問題への意識づけを行い、Iに戻るということもある。又IにもC的Iというものがあり、Iそのものが既にConnectionを暗示している知識もあるという。ICEを授業で使う場合は教師がどこを強調しようとしている明確な意志が必要となる。

広島県立安芸高校は日本での先行実施例を豊富に持っている。私たちも安芸高校の取り組みから多くを学ぶことができる。よいアウトカムが生まれることを期待している。

研究員
花岡隆一

中国のアクティブラーニングについて

「文革後中国基礎教育における「主体性」の育成」(著者 李霞)が東信堂から出版された。これまでも中国の高等教育のアクティブラーニングの取り組みは気になっていたので、李霞先生の中国教育社会での「主体性」の意味づけと2001年からの「素質教育」、さらには米国的アクティブラーニングの取り込みとその位置付けについて大凡のことが知ることができた。

中国師範学校を卒業して教育委員会で現場を経験している友人は、しかしこの実態は違うという。そもそも中国は孔子の時代より主体的に学ぶということは実践してきている。「素質教育」は確かに戦後の階級闘争奉仕の仕組みの変革を目指したが、現場は米国や日本で推進されているアクティブラーニングは出来ていない。

アクティブラーニング学習支援システムを上海と北京の大学ベンチャーと共同で開発した。これを中国の高等教育機関へ紹介しようと考えたが、協同学習、PBLなどのアクティブラーニングの授業設計が中国では取り組みが少し遅れていることが判った。しかし、中国のスピードは早いので、近々ICTを使った主体的な学びの創造的なモデルがでてくるに違いないと思う。

 

研究員

花岡隆一

広島安芸高校のアクティブラーニングとICEモデルの取り組み

広島県教育委員会(下崎邦明教育長)がアクティブラーニングを促す授業方法としてICEモデルを高く評価している。主体的な学びを促す授業設計にICEモデルはポータブルに取組めることが使いやすいという考えを聞かせて頂いた。

この程ICEモデルを全校の基準として実施している広島県立安芸高校を訪問してその取り組みの深さに驚愕した。リーダーは柞磨(たるま)昭孝校長である。同校はアクティブラーニングを実施する準備としての「アクティブプラン」を作成している。授業設計の基本形としてあらゆる学科にどういう形態の授業がアクティブラーニングに最適かも実証しつつ創造している。大学でもまだ出来ていない取り組みである。

アクティブラーニングはグループ学習ではありません。一斉授業の形式でもアクティブラーングはできます。アクティブラーニングに大切なことは次の3つです。

1 自分自身で問いを立てられるようになること

2 自己内対話を主体的に行うようになること

3 学びを振り返り、学びを内面化できるようになること

そして柞磨校長は言います。「アクティブラーニングを行うにあたって、最初は勇気の問題です。」

 

研究員

花岡隆一

デジタルネイティブ学生時代の授業設計

今年(2015年)の大学入学生は、2008年の小学校6年生である。2008年はFacebookやTwitterの日本語化、iPhone3Gの発売、YouTubeとDocomoの提携などまさにスマートデバイス時代のスタートである。昨年、船守美穂先生(東大)がオンライン教育が進んでいるアリゾナ州立大学を訪問して、教師に聞いたところ、最近の学生はデジタルネイティブなのでICTを使うと学びが促進されるという。

この程、横浜商科大学の遠山先生、田尻先生が、嘉悦大学で取組んだICTリテラシー教育の再生という論文を頂いた。真正面からこういう取り組みを実践している高等教育はまだ少ない。

BYOD、クラウドを活用したアクティブ•ラーニングは最近多くの大学で取り組みが始まっているが、問題はこうした環境を学生主体で学習に取り込まれていないことである。両先生は早くからGoogle AppsやTwitterを取り入れたキャンパスライフづくりをしており、学生が使いたくなる仕掛けを持っている。学生の中でのLine人気も一つで、何故学校Lineはないの? という声もよく聞かれる。これからは「スマホネイティブ学生」の時代となる。大学側は積極的に現在の社会環境と教育の接点について考察していく必要があると思う。

 

研究員
花岡隆一

主体的思考力(セルフ•イニシアティブ)について

帝京大学ラグビー部監督の岩出雅之氏の話である。岩出氏は普通でない取り組みをしていると聞く。100名を越える部員を平等に支える。取り分け補欠選手への思いやりがすごい。普通は下級生がやるような仕事を4年生がやる。食事係、ボランティア、分析係、テーピングの仕事等。地道な取り組みを続ける中で主体性が育ってくる。ごみを拾うということが自然にできない人間には成長はないという。物事をきちんとやることの習慣づけである。

岩出監督のモットーがある。「主体的思考力」(セルフ•イニシアティブ)の育成。「4年間で主体性を持ち、考える力を持ち合わせた社会で活きる人材を育てたい。」ラグビーは「考えるスポーツ」である。主体的に取組まない限り成長はしていかない。森本康彦先生の言われる「自問自答」の繰り返しである。

「頑張れ」という言葉は実はネガティブな言葉です。実際に頑張っているのだができないということがある。これ以上どう頑張ればよいのか悩む。岩出氏は「大丈夫」「君を信じているから大丈夫」と声をかけるのである。帝京大学ラグビー部の強さはこういう監督の気持ちとそれに応える選手の主体的な取り組みにあることを感じる。

 

研究員  花岡隆一

主体的学びと食の機能(長野県真田町での奇跡!)

元真田町教育長の大塚貢先生は、いじめ•非行•不登校等で荒れていた真田町の小中学校を改革した。この10年は非行、犯罪、不登校はゼロである。生徒は主体的に学ぶようになり学業成績も全国のトップレベルになっている。この背景に食の改善がある。(詳しくは「給食で死ぬ」コスモ21)

高校生の40%が生活習慣病予備軍という調査がある。ファーストフード、コンビニ食、脂と肉の食事、化学調味料•保存剤をとっているためである。血液がドロドロになり、脳に酸素が十分供給できないため前頭葉が働かなくて、省察力のない思うとやってしまう脳になる。情操感情もなくなってくる。

真田中学では80人の教師全員が一体となって授業改革をやった。相互に授業を見学し批判して、生徒が眠らない授業をつくりあげた。先生が変わったのである。先生が変わると生徒も段々変わってきた。人間生活の根本に立った改革を目指した。生徒が主体的になると大きな変化が起きた。本を読むようなった。図書館はいつも一杯になる。全国読売新聞作文コンクールで優勝する生徒が出て来た。何かに取組む力が格段に向上した。全国合唱コンクールで優勝するようになった。すべて生徒が主体的に取組んだ結果である。

それでも不登校などがゼロにはならなかった。教師の努力の限界を越えている何かがある。それが食であった。給食をパン食、肉食から米飯食、青魚、大豆などに変えた。オーガニックに変えた。PTAや行政から抵抗があったが頑張って実行した。脂と肉の食事からの大変革である。アトピーもなくなった。生活習慣病予備軍はなくなった。生徒がさらに主体的に学ぶようになった。学業成績は全国のトップクラスになったのである。小浜市、三島市などへもこの取組みは広がっている。

 

研究員  花岡隆一

学習空間(教室)デザインがもたらすアクティブ•ラーニングへの効果

カナダのクィーンズ大学は、アクティブ•ラーニング教室(空間)デザインが学習成果に与える影響の調査を行った。その方法は、従来型の教室との比較は勿論、アクティブ•ラーニング型の教室も3つの違うコンセプトを設計してそれらの比較も行った。

アクティブ•ラーニングは一般的に講義+協同学習/スマートデバイスなどによるIT重視による協同学習やPBL/双方向型を重視した協同学習/実習重視型などがある。教室の規模も10人、50人、100人、数百人と異なる。クィーンズ大学での実験は、48人のFlexibility教室•70人のInteractive教室•136人のPBL教室とした。

教室の設計に当たりアクティブ•ラーニングの要素を整理する。
①学習者中心の学びができる ②主体的に学びたくなるような環境である ③協同学習でも学習者個人が一人で省察したり認知をする時空間が与えられる ④アクティブ•ラーニングの評価が従来の学習とは違う形で実践できる ⑤アクティブに学べるプログラムが形成される空間である ⑥学習者と教職員が一体となって学べる環境など、が整理される。

この目標に沿った教室の設計を3つの異なるタイプで実現した。
(教室デザインの詳細に関しては別途報告をしたい)

この3つの教室で学んだ学習者と教師の成果は以下の通りである。

(学習者)
•討議が活発になった
•多様な学習ができるようになった
•学習開発ができた、学習方法が変わった
•主体的な学びを促進された、授業への参加意識が向上した
•学生同士、教師とのコミュニケーションが活発になった
•すばらしい協同学習が実現した
•従来教室より勉強が進んだ

(教師)
•学生がいきいきと学び自分も大きな成長をできる
•授業がより高いレベルにいっていることが体験できた
•協同学習がすごく上手くできる
•教師としての体験をレベルアップできた
•映像を自由に使えるのは学習の多様化を生む

クィーンズ大学は全学でアクティブ•ラーニングを進めているが、このためにアクティブ•ラーニングを実践するtipsを沢山もっている。これは本当にすごい。

 

 

研究員  花岡隆一

「看護と社会」研究全国集会に参加して

帝京大学板橋キャンパスで開催された第10回「看護と社会」研究全国集会に参加する。主催者を代表して帝京大学星直子先生からご挨拶がある。「人は生涯に亘り学んでいく。社会の変化に対応して学びも変化する。看護学も専門学としての位置づけだけでなく社会における個人としての立場での学びを深めていかなければならない。」

やまだようこ先生(京大名誉教授、Life-span development psychology)は、「もの語り」の働きは未来をつくり、人生の意味をみつけ、人を結びつけるという。generativity(世代をむすぶもの語り)を大江健三郎の「M/Tと森のフシギの物語」を引用して説明してくれる。質の高いプレゼンである。主体的学び研究所に投稿して頂いている山田肖子先生(比較教育、アフリカ研究)が文化の一元化が人間社会を崩壊すると言われるが、やまだ先生も大和ことばの起源をもつ日本には日本独自の教育の在り方があると指摘されるのではないかと考える。

星先生の締めの言葉である。「社会学にはダブルバインドということがある。今の専門学、例えば看護学は国家試験に受かる学問という方向に針が振れすぎていないだろうか。生涯学び続けるための学問(リベラルアーツとも言える)としての学びをすれば、看護学も又違う視点で見えてくるものがあるのではないか。」

とても清々しい気持ちになった。

 

研究員  花岡隆一