主体的学び研究所

34 日本はオランダの教育から何を学ぶことができるか(その1)

主体的学び研究所 顧問
土持ゲーリー法一

はじめに

 「『高知にも“イエナプラン教育”を』1人ひとりの個性を尊重する教育を導入」と題して、2022年9月2日にテレビ高知の番組が放映された。これに触発されて、本コラムを書くことにした。
 実は、筆者は、拙著『日本の大学の近未来~外圧の過去・混迷する現在・つかみ取る未来~』(東信堂、2022年)の「はしがき」で、次のように述べている。本書は、戦後日本の大学を過去・現在・未来にわけて「ノンフィクションドラマ」として描いたもので、著者の「半生記」を描いたものである。終章「エピローグ」「6 オランダの大学を日本のモデルに」のところでは、
 「オランダにおけるPBL、University College、ティーチング・ポートフォリオについて見てきたが、これらの3つは、日本でも導入されている。しかし、オランダのように定着していない。なぜだろうか。どこが日本と違うのだろうか。簡潔に述べれば、オランダは必要に迫られているのに対して、日本では『舶来』ものに接するかのように、最初は飛びつくが、長続きしない。日本人は、珍しいものには好奇心旺盛であり、誰よりも早く見つけて『唾』をつける習慣があるが、不消化のまま消滅することが多い。」と筆者の思いを綴っている。
 拙著は、大学教育に限定したもので、幼児教育、初等・中等教育については言及していない。本コラムでは、オランダの大学教育の前段階となる教育を特徴づける、オールタナティブスクールの一つ、「イエナプラン教育」から紹介する。「ローマは一日にして成らず」ということわざがあるように、オランダの大学の根底には優れた幼児教育、初等・中等教育があったことを強調したかったからである。


ドイツとオランダのイエナプラン教育

 日本イエナプラン教育協会によれば、一方的な「指導」ではなく、子どもたちが対話を通してお互いを尊重し合うための教育の考え方で、1927年、ドイツを発祥とする。同テレビ高知の放送では、「ちがう学年の子どもが一緒のクラスで学ぶ『異年齢保育』もイエナプランの象徴である。」と紹介している。また、同番組では、日本イエナプラン教育協会石井七実氏が、「互いに自分たちの中で学び合っていく、自分の頭で考えて行動していく経験を子どものうちにしておくことでゆくゆくは大人になってからも『社会に参画しよう』とか、『積極的に関わろう』という気持ちが育つと思う」とその特徴を説明している。

 https://japanjenaplan.org/ 

 その考えに異論をはさむ余地はない。イエナプラン教育だけではない。日本には、他にも優れた幼児教育に関する指導法が多くある。大学の現状を見ればわかるように、そこで培われた体験は何処に「消滅」したのだろうか。このことの方がより重要ではないかと考える。すなわち、新しいものを導入することは重要であるが、それを「継承」していくことがより重要である。


ドイツ

 イエナプラン教育は、ドイツではじまりオランダで広がった、一人ひとりを尊重しながら自律と共生を学ぶオープンモデルの教育である。ドイツのイエナ大学実験校でペーター・ペーターセン(Peter Petersen,1884~1952)が創始した「人間の学校」は、1927年の世界新教育学会の発表の際に、イエナプランと名づけられ、冊子「小さなイエナプラン」として報告された。ペーターセンは、1923年に教育学教授としてイエナ大学に赴任し、大学附属の実験校で、学校教育についての彼の思想と構想に基づく実践を行った。実験校で現場実践を実際に行なったのは、ハンス・ウルフらの教員たちだが、ペーターセンはそこでの実践に研究者の立場から助言を加えつつ、理論と実践の間を往還し、自らの教育理念を精緻化していった。


オランダ

 オランダにイエナプランを広めたのは、スース・フロイデンタール(S. J. C. Freudenthal 1908~1986)である。新教育学会のオランダ支部に当たる養育・教育刷新研究会(WVO)という会の書記を務めていた彼女は、1952年頃にペーターセンの『小さなイエナプラン』に出会い、その理念に共感し、以後、献身的にオランダでのイエナプランの普及に尽くした。1960年には、オランダで初めてのイエナプラン校が設立される。以後、民主化と子どもの個性の尊重に力点を置いたオランダの教育改革の潮流に乗り、またこれを牽引・推進する力ともなって、急速にオランダでイエナプラン校は増加していった。
 現在(2020年)オランダ全国に、公立校・私立校をあわせ、200校以上のイエナプラン小学校があり、発祥地ドイツをはるかに凌ぐ発展を遂げている。


日本におけるイエナプランの発展

 1920年代、大正デモクラシーの時期、日本にも海外から様々な新教育が紹介され、さまざまな自由主義教育の実践が行われた。1927年に発表されたイエナプランについても、その実践が日本に報告された。戦後、再び新教育に対する関心が高まった時期には、ペーターセンやイエナプランについての研究論文が多数発表された。なかでも『学校と授業の変革』(三枝孝弘・山崎準二 著/1984年)では、『小さなイエナプラン』の日本語訳もなされ、イエナプランの価値が高く評価された。
 しかし、今日、イエナプランが日本に広く識られるようになったのは、リヒテルズ直子氏が、2004年に『オランダの教育――多様性が一人ひとりの子どもを育てる――』、2006年に『オランダの個別教育はなぜ成功したのか ―イエナプラン教育に学ぶ―』(2006年/平凡社)を発表し、オランダの教育を通してイエナプランを日本に紹介したことによると記されている。
(出典:日本イエナプラン教育協会 https://japanjenaplan.org/jenaplan/roots/)


リヒテルズ直子『オランダの教育 ―多様性が一人ひとりの子どもを育てる―』

 筆者は彼女の著書を紐とき、オランダの教育について多くのことを学んだ。これまで多くのところで引用され、紹介されている著書であると思われるが、日本との比較という視点から、以下に詳しく紹介する。
 オランダの大学の優れた教育について、筆者は、日本のモデルとするべきであると提言したが、その根底には、幼児・初等・中等教育の優れた教育が内在しているからであり、換言すれば、それが見事に大学教育にまで反映されているからではないかと考えている。


入学試験のない学校

 開口一番、筆者を驚愕させたのは、リヒテルズ直子氏が「オランダの小学校には宿題がありません。家庭や近隣でいろいろな社会関係を結ぶことがこの段階の子供たちの学びの一環であると考えられているからでしょう。また、高校や大学に進学するための入学試験もありません。ですから入学試験で良い成績をとらなくてはならないという強迫観念に親も子も縛られることがなく、したがって塾もありません。」(52頁)との紹介である。日本とは真逆である。なぜなのか、どうしてなのか興味は深まるばかりで、同書を「むさぼり」読んだ。


オールタナティブとは何か

 リヒテルズ直子氏によれば、「『オールタナティブ』という言葉には、『何かに取って代わる』とか『もう一つの別のやり方』というような意味合いがあります。ですから、オールタナティブ教育というのは、既存の教育に取って代わる別の教育、という意味です。ここでの既存の教育といわれるのは、長い間習慣とされてきた、同じ年齢の子供を一つの教室に集め、先生が教壇に立って、主に一方通行で知識を伝達し、子供はそれを受身に習う、という形式の教育、と考えて良いと思います。オールタナティブ教育は、幾人もの教育哲学者、教育実践者が、そのような既存の学校教育に疑問を投げかけて新たに生み出してきた何種類もの教育方法の総称です。」(58頁)とわかりやすく説明している。なぜ、彼女の説明がわかりやすいのか、それは、日本との比較から、そして、実際に子どもにオランダの学校を選択しなければならないという切実な経験があったからであろう。
 オランダにあるオールタナティブ教育の主なものは、モンテッソーリ教育、ダルトン教育、イエナプラン教育、シュタイナー教育、フレネ教育の5種類であると説明している。以下、上述のイエナプラン教育を除いた、4種類について彼女の著書から紹介する。


(1)モンテッソーリ教育~美しい教材とグループ学習

 彼女によれば、「既存の学校が黒板と紙と鉛筆だけで平面の上で抽象的に教えてきた読み、書き、計算を、このような教材を使って、子供たちが実際に手にとって触ったり動かしたり、向きを変えて眺めたりすることで具体的に理解できるように考えられています。創始者マリア・モンテッソーリ自身が考案したものだといわれています。」(60頁)からはじまり、「モンテッソーリ教育の特徴について、三つの異なる年齢の子供たちを一つのグループにして指導することで、子供は、個人によってそれぞれ速度の異なる発達をするもので、同年齢の子供に一様に同じことを教えるよりも、それぞれの子供の発達を観察しながら、個別の進度に従ってそれに相応しい刺激を与えるのが教師の役割である、というのがモンテッソーリの考え方です。」(62頁)と説明している。創始者は、イタリア人の女医で心理学者のマリア・モンテッソーリである。

https://yomeruba.com/serial/essays/montessori/entry-9990.html


(2)ダルトン教育~子供の自主性と責任の強調

 ダルトン教育では、子供と先生との契約的な関係、子供同士の約束を重視し、それを個別の学習指導の基礎に据えている。ダルトン教育は、1887年にアメリカのウィスコンシン州に生まれた、ヘレン・パークハーストという学校教師が開発した教育方法であると言われる。
 以下の写真は、【ドルトンプラン教育】アメリカ発!自主学習がメインの教育法と題したものである。

 https://tamagoo.jp/education/dalton-plan-education/ 


(3)シュタイナー教育~心と頭と手で育つ子供

 ドイツのドルフ・シュタイナーが生み出した教育法は、オールタナティブ教育の一つである。オランダにあるオールタナティブ教育の中でも日本でもっとも広く知られた教育だと言われる。
 実は、筆者は、拙著「あとがき」で、テレビ番組でドイツの家庭教育では「指先」の動きを重視することで、思考回路を刺激すると述べているが、これは、シュタイナー教育の影響を受けていることであることがわかった。さらに、東京賢治シュタイナー学校のホームページの「手仕事」には、「指先に知性が宿る」と題して、その目的を以下のように述べている。すなわち、「『手仕事こそが知性です』というシュタイナーの言葉通り、指先には知性が宿ります。手が動くと脳も動くのです。実際に、1年生から始まる編み物は、12年生の思考と関係しています。指の動きが知的能力のベースなので、幼少期からきちんと指先を動かしている子どもは、高等部で通常では想像できない射影幾何学の世界や数値の世界までも想像できるようになります。
 幼少期から始める手仕事が、大人になったときの論理的思考に結びつくのです。手仕事は本物のインテリジェンスの教科とも言えます。巧みに手を動かすことによって、シナプスが増え、多岐にわたって脳が目覚めます。」「手足を器用に動かすことに重点を置くシュタイナー教育において、手仕事の教科は大切な専科のひとつです。低学年では編み物や鉤針編みに取り組み、手先の器用さだけでなく、集中力も養うことができます。まさにその作業が知的能力の土台になります。4年生から裁縫作業が始まり、クロスステッチから衣服製作まで発展していきます」がそうである。https://www.tokyokenji-steiner.jp/kyouiku/tokuchou/senka-kamoku/te-shigoto/

手作業 https://mana-cata.jp/yokohama-steiner/

 筆者が見た録画は、4年生の裁縫教室だったのかも知れない。
 「シュタイナー教育では、子供の発達は、単に(頭)を使った知的な成長に留まるものではない、という考えで、子供が(心)で感じるものを引き出し、また、(手)を動かして物を作り出す能力を引き出すことを大変強調します」(70~1頁)とリヒテルズ直子氏も紹介している。
 シュタイナー教育では、従来の学校がもっぱら指導してきた読み、書き、計算だけでなく、音楽や絵画などの(心)を感じる教育や、金属、木材、布、などを材料にして(手)を動かしてものを生み出す能力を育てることを重視する。


(4)フレネ教育~壁新聞作りと批判精神

 フレネ教育のもっとも大きな特色は、新聞作りである。すなわち、「先生は、子供たちの観察や発見を出発点にして、学習のテーマを引き出します。このテーマにしたがって、子供たちはさらに、観察したり調査したりという学習活動を展開します。そして、再びその結果を話し合い、子供たちが文章に著わして、新聞として印刷し、結果を皆で共有する、というやり方です。」(75頁)がそうである。

 https://how-kids.com/knowledge/method/alternative/1888/ 


 これはマーストリヒト大学のPBL授業におけるチューターリングの教授法に類似している。
 作文による探究学習は、ポートフォリオを活用するようなもので、理に適っている。たとえば、「自主的な発見や探究心を育てるために、フレイネスクールでは、学校の外に出て、実際の人々が仕事をしているところを見たり、自然環境に触れて観察することも強調しています。」(75頁)と述べている。探究学習には、教室外学習が重要であることを示唆している。フレネスクールは、フランス人の社会主義者、セレスティン・フレネが開発したものである。
 以上、5つのオールタナティブ教育の特徴を概観したが、すべてが外国(ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ)から輸入したものである。