主体的学び研究所

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広島県立安芸高校の柞磨(たるま)校長によるアクティブ•ラーニングを促すICEモデルの実践

予てよりアクティブ•ラーニングを促す授業方法としてICEモデルの活用を実践している広島県立安芸高校の柞磨校長は多くの先生方とその実践を深めている。昨今どこのFDセミナーでも話題となる「アクティブ•ラーニングの定義」であるが、柞磨先生は次のように定める。『Active Learningとは、問の生成、自己内対話・相互作用、省察・価値づけができていること。さらに簡潔に言うと「開かれた質問」ができることである。』

ICEを日本に紹介した土持ゲー−リー先生も柞磨先生の考えに賛同され、ICEの基礎知識はconnectionsやextensionsを考えながら質問をすることであると言われる。カナダのSue先生もこのことに触れていてICEモデルは必ずしもIdeasから始まるものではなく、例えばextensionsからはじめる「バックワードデザイン」がある。つまり到達目標を教師が明確にすることで生徒がこれから学ぶIdeasやconnectionsに生徒なりの方向性を持つことができる。つまり自分の問いが生まれる学習が発生する。

ICEの特長のひとつである動詞の使い方についても柞磨先生とゲーリー先生の対談はとても興味深い。多くの動詞に拘りすぎて肝心の文脈の理解が疎かにならないかという疑問であるが、教師がextensionsのターゲットを明確化していれば、それにつながる必要な動詞を教師それぞれの判断で使うのがよいのではないだろうか、という考え方である。

お二人の対談は尽きることがなく高校と大学の連携がますます重要になっていることを痛感した。

 

 

研究員 花岡隆一

高大接続 ”追手門学院大学のアサーティブプログラム•アサーティブ入試” 

昨年度のAPで採択された「アサーティブ入試」の発案者でもある追手門学院大学の志村知美氏(アサーティブオフィサー)と倉部史記氏の対談が実現した。新しく始める倉部史記氏の高大接続映像チャネルの第一回のゲストである。倉部さんの活動の低奏通音がある。高校生に正しい進路選択をして欲しいという思いである。そのために様々な取組みに挑戦しているが、今回の映像チャネルもそのひとつである。

志村氏の話は驚きの連続である。アサーティブ入試の前にアサーティブプログラムがある。高校1年生から3年生までを対象にした進路指導•相談の活動である。自校への誘致を目的としたオープンキャンパスとは異なる。「追手門で学びたいという生徒を見つける→追手門がいい(追手門でいい、ではない)」という生徒の発掘である。このためには大学が正しい情報を高校生に示す必要がある。(追手門への入学希望者を減らすということも辞さないという覚悟である)2年間実施した結果、2014年はアサーティブプログラム+アサーティブ入試を通じて入学した学生が100名となった。見事な結果である。5年後には全入学者の1/3までにしたいと、志村氏は意気込む。この活動のための教職連携も見逃せない。職員50名がアサーティブ活動に従事している。

さらにこの活動には具体的な目標を設定している。それが入学後に学生がアクティブラーニングを推進することができるための必要な知識を得ることで、最大のテーマはシラバスを使いこなせることである。シラバスは4年間の学びの計画を立てるための指標である。アサーティブで入学した学生はシラバスを読み解くことの面白さを理解しているので授業にも興味を持てる。主体的な学びとなり、さらにアクティブラーニングという学習形態に発展していく。

アサーティブプログラムの窓口に来る多くの高校生は寡黙である。窓口に来るのであるから相談したいことはあるが、それを上手く話すことができない。アサーティブで引き出すのは経験が必要である。北海学園の菅原秀由幸先生が開発した「アカデミックコーチング」と通じる。上手く引き出してあげると生徒は一気に自分自身を考えることができる。帝京大学の八王子キャンパスで2年間実施している「アクティブラーニングの第一歩につながる入学準備教育プログラム」にも通じる。(このプログラムも文科省の特別事例に採択されている)

アサーティブプログラムが全国に広く普及することを期待したい。

 

研究員 花岡隆一

 

「アクティブラーニング」と「主体的な学び」は同じか否か!

再び溝上慎一先生の著作にある問題提起である。「主体的学び」については顧問の土持ゲーリー先生の考えを中心に研究所としても整理したが、「アクティブラーニング」と同じか否かという問いかけはとても重要であると考える。私たちは研究所の目的のひとつがアクティブラーニングの教育現場での実施状況を調べてその課題等を考えることであったので、「主体的学び」を「アクティブラーニング」とほぼ同じ概念として考えてきた。

溝上先生のアクティブラーニングの定義は「受動的な学習から能動的な学習への転換の中でこれまでの聴く学習から書く•話す•発表するという活動から生じる認知プロセスの外化という統合的な活動」とする。つまりアクティブラーニングは既にひとつの学術用語としての機能をもっていると考える。「主体的」を広辞苑では「他のものによって導かれるのではなく、自己の純粋な立場において行うさま」と記述することから、「主体的学び」は主体的に自ら何かに働きかけるという広義の意味で解釈するのがよいのではないかと。

例えばすばらしいくよく講義を聴くことはアクティブラーニングとは言えないが主体的な学びではある。これはすっきりと理解できる。溝上先生のお陰でとてもよい整理ができた。

 

研究員  花岡隆一

なぜアクティブラーニングか?

溝上慎一先生が近々東信堂からアクティブラーニングの総集編を出すと聞いたので少し前の著作を読む。フィンク先生の意義ある学習経験やボンウェルとアイソン先生のアクティブラーニング、チッカリングの教育とアイデンティティ等を引用しながら、米国で1980年頃より、日本では2000年頃よりアクティブラーニングが起こってきた背景が明示される。

主体的学び研究所を設立したときは2012年中教審の「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」が出たときである。答申ではアクティブラーニングのポイントとして「認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用能力の育成を図ることにつながるもの」と記述されている。そこで研究所を主体的学び(アクティブラーニング)について、特に教育現場で起こっていることを調べることを目的として設立した経緯がある。

それだけに溝上先生の「なぜアクティブラーニングか」は抑えておく必要があると思う。米国でコミュニィティカレッジと大学でそれぞれ教育と研究を分けて担当していたことから大学の研究重視への偏りが生じたことへの反省から改めて教育重視に戻ってきた中で、大学の大衆化、学生の多様化が起こってきたことに起因している。日本でも1970年代からの大学の大衆化の中で聴くだけの講義で主体的になれない学習者が増えてきた。受験のための受身型学習が背景にもある。それに対して教師も工夫が必要となってくる。

溝上先生のアクティブラーニングの定義は「認知プロセスの外化」というキーワードが重要である。聴くこともアクティブラーニングの要素であるが、それに書く•話す•発表するという能動的活動があって、この活動に関連する認知プロセスが外化されてアクティブラーニングとなる。

この秋にもシリーズでアクティブラーニングが発行されるがとてもタイムリーな企画であり楽しみである。

 

 

研究員  花岡隆一

アクティブラーンニングとデザイン教育

事業創造大学院大学の仙石正和学長(前新潟大学副学長)にお会いする。日本の工学教育に関する課題とデザイン教育の必要性をお話し頂く。米国ボストンにあるオーリン工科大学の取り組みはアクティブラーニング、TBL(Team Based Learning)の基本的な実践から始まっている。即ち、選択されたチーム形成(自主的なもの)・現実の課題(体験的な学習ではなく、社会が直面しているニーズ)・あらかじめ問題を整理してくる・学習成果も勿論であるが学習プロセスをより重視する・そしてアカウンタビリティである。

日本では70%がサービス分野になっている今日、サービスの体系化が必要ではないかというのが仙石先生の指摘である。そのためにはデザイン教育=解決策がひとつでない課題に対するアプローチを学ぶ学習、は必須になる。これを実践しているのが、ボストントライアングルである。オーリン工科大学(工学)、ウェズリー大学(文化・芸術)、パブソンMBA大学(ファイナンス)によるデザイン教育である。
スタンフォード大学やUCLAバークレイ校でもデザイン教育は当たり前になっている。

 

 

研究員  花岡隆一

教育される能力について

不思議な言葉であるかもしれないが、大江健三郎が初めて教育について文章を書きました。「教育される能力」です。この反対側にあるのが「教育する能力」ですが、ソクラテスと子規をとりあげています。それぞれ有能な教育される能力の持ち主とそうではないものとがいました。プラトンや虚子は有能な教育される能力の持ち主ですが子規の従弟に藤野古白というものがいましたが彼は教育される能力に欠けていました。

これを読み、それぞれの能力は単独で存在するものではなく、相互に理解し合う力が一体になって顕在化してくるものではないか。そこに至るまでの深い学びとお互いを理解し合う気持ちのペイシェンスによるのではないか考えました。それがブレイクの言葉の「人間は労役しなければならず、悲しまなければならず、そして習わなければならず、忘れねばならない」でないかと。

大江健三郎はフォークナーの「朝のレース」からの引用で『「おまえはなに者かに、ならなきゃならん」/「もちろん」と僕はいった。「おれはいまそれをやっているよ。おれは狩人でもあるし農夫でもあるものになるんだ。あんたのようにさ」/「ちがう」「もうそれじゃ充分ではない。男なら誰でも、十一箇月と半月分、農場とやって、あとの半月は狩をする、それでいい時代もあった。しかしもういまは、そうじゃないんだ。いまではな、ただ農場の仕事と狩の仕事にかかりきり、というのじゃ充分ではない。おまえは人類の仕事をやらなきゃならないよ」/「人類?」と僕はいった。』 You go to belong to the business of mankind.

今教育する者として自らの力を信じられない教師はすくなからずいると思います。時代を読み取り教育される者を信じて地道に積み重ねていくことが何より大切ではないかと思いました。

 

研究員 花岡隆一

人材開発世界大会(ATD2015-ICE)におけるengagement

今年のATD(Association for Talent Development:フロリダ)には世界から1万人の来場があり、14のテーマで300のセッションを開催した。その中で、Learning Technology, Instructional Design, The Science of Learning, Learning Analyticsに関したものが多かった。ATDは今年で71年目、毎年この大会で話題になるセッションや言葉がその時代の潮流を表している。世界の働き手の中心はMillenial (Y)世代であり、またDigital 世代である。

彼らがどういう教育環境を経て、どういう社会を構築していくのかをATDの歴史を鳥瞰すると面白い。5年前はダニエル•ピンクの内発的なパッション(経済的なものより心に熱いものを求める)、マーカス•バッキンガムのエッジを伸ばす(得意なことをやれ)、あるいはブルーエンジェルスのdebrief(仲間を信頼せよ、振り返れ)、そしてジョン•コリンスの謙虚と不屈。2013−4年になると自分の力だけでなく周りを育てること、組織は皆で創造する、さらには変化に適合できるチームづくり(アリアナ•ハフィントン)や遊びが文化や生産性を変える(ケビン•キャロル)そして今日は「混沌から共に学び、貢献するとき、殻を破り創造力を高める時代」(間宮隆彦氏)

さらにLearning Technologyという視点で見た社会の傾向は「モバイル」と「ソーシャルテクノロジー」の時代である。モバイルラーニング(eラーニングとは言わない)は企業でも大学でも主流になりつつある。5−7分の短いコンテンツを現場(囲まれた教育の場所でなく)で、どこでも学ぶというスタイルが定着してきた。今までの1:1の学びから1:nの学び(協同学習)が効果的であると認識される。仲間で学ぶというのはY世代の特長でもある。1:nの学びはメンタリングの在り方も変える。大学でも協同学習=アクティブ•ラーニングをできる教師の資質やトレイニングが課題となっている。モバイルへの移行は必然的にvirtual(on-line)の世界になっていくため、学習者のengagementが重要になる。つまり学習エコシステムの課題である。学習環境がここまで変化したことへ学習プロセスや評価がまだ追いついていない。

 

 

研究員 花岡隆一

空想商品開発研究所・空想学会と主体的学び

空想商品開発を通じて現実の商品や起業を実現するプロジェクトが秋葉原で始まった。今回は、銀河鉄道999のアニメ作家の松本零士氏を実行委員長として西武鉄道にラッピングカーを走らせる。

7月7日にキックオフとなるが、これまでに100社の企業が参加してアイデアソンを行ってきたが、出席者がすごい。企業人も個人も超主体的人間である。この人たちがファンディングして今年末には第一号の鉄道が走るのである。

鉄道の新素材〜車両空間〜駅〜周辺街〜運行サービスなど奇抜なアイデアが次々と出てきた。企業の中でルールに制約された活動では生まれない。社会に開かれた主体的学びまさにcommunity engagementの実践である。

 

研究員    花岡隆一

 

 

広島県での主体的学びの創造を促す「ICEモデル」の推進

この程、広島県教育委員会は中教審において、同県が進める教育改革10年計画を報告した。知識ベースの学びに加えて社会を生き抜くための必要な資質や能力を得るための「主体的な学び」の創造を目指すものである。このために自ら課題を見付け,それをよりよく解決していく「課題発見・解決学習」を推進していく、としている。この授業方法として「ICEモデル」を推進していくことを記述している。

https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/167415.pdf

私たちは2012年にカナダで普及している「ICEモデル」は日本の教育改革に適していると考えて開発者の一人であるSue博士の論文を紹介した。今日まで様々な現場での実践が行われている。高等教育では、看護学等でその評価にICEルーブリックが検討されている。広島県では小中高校全体が「ICE」を学び独自の取組みがなされている。県立安芸高校での実践例を近くご紹介できる。

 

<参考著書>
「主体的学び」につなげる評価と学習方法―カナダで実践されるICEモデル (主体的学びシリーズ―主体的学び研究所) 東信堂出版

 

 

研究員 花岡隆一

大学改革を本気で考える会

恒例のNEWVERY主催による大学教職員セミナーに参加する。2020年、2030年と入学者が減少する中で、大学が生き残るためには本気の改革が必要であるという強いメッセージが発信された。それを実現できるのは現場の教職員であり経営者ではない。現場の教職員が今こそ大きな第一歩を踏みだすときという。

入試改革、カリキュラム体系改革(通年制やセミスター制)、アクティブ•ラーニングの加速、ICTの導入、中退防止策、高大接続など改革の視点は様々であるが、その実行に心があるか=学生に寄り添ったものであるかどうか、が問われる。時に大学生き残りということが目的になって、大学の存在意義を忘れていることがある。

もう一度現場の教職員が何故自分は大学で働くのか? を自問自答してそれぞれの改革の道を歩む必要がある。清々しいセミナーである。

 

研究員 花岡隆一