主体的学び研究所

『主体的学び』を促すゲーリー先生の“Connecting the Dots”コラム

13. 「コロナ禍でのICEルーブリック研究会(1)」

 主体的学び研究所 顧問
土持ゲーリー法一

はじめに

 2020年6月20日(土)ICEルーブリック研究会が開催された。新型コロナウイルスの影響で多くの大学がオンライン授業に切り替えて対応するなど慌ただしかった。研究会における話題提供を「eラーニング授業における教育の質をどう確保するか~コンセプットマップ・eポートフォリオを活用した事例~」とした。参加者には当日の収録映像を見ているので、どのような内容であったか記憶に新しいと思われる。今回は、多くの人に関心を持ってもらうために、「主体的学び研究所」ホームページ『主体的学びとは何か~「主体的学び」を促すゲーリー先生の“Connecting the Dots”コラム』にまとめることにした。“Connecting the Dots”は、2005年アップル社スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式典で学生に贈った名言である。これは点を線でつなぐという意味で、ICEルーブリック研究会の幅広い意見(点)をICEの3文字につなげるとの意図もある。

オンライン授業の難しさ

 教員はバーチャル環境においては学生とのエンゲージメントが難しいと考えている。他方、学生も一人ではやる気が出なかったり、多忙を理由に受講しなかったり、途中で脱落したりする。オンライン授業では「学習者のモチベーションをどのように維持するかが難しい」とのデメリットが指摘されている。それを克服するためには教員の授業への工夫が求められる。しかし、オンライン授業での学生とのEngagement(関与)は容易ではない。
 筆者が所属する京都情報大学院大学(KCGI)では「全教職員向けeラーニング授業のガイドライン」として双方向コミュニケーションが取れるZOOMによるeラーニング授業を推奨し、毎回小テストを実施するように指導している。
 学生は、教員の評価方法に影響を受けやすい。たとえば、小テストが評価の対象とわかれば、そのためにしか学習しない傾向がある。したがって、オンライン授業での「アセスメント」をどのようにするか頭の痛いところである。学生は概ねオンライン授業に好意的であるが、対面授業のときより「課題」が多いと悲鳴を上げている。

アセスメントはフィードバックで決まる

 アメリカではフィードバックのことをLearning from Studentsと呼んでいる。学生から学ぶ以外に、教員は学生が何をどのように学んでいるか知る術がない。すなわち、教員と学生の「フィードバック往還」としてのツールが必要になる。このツールがICEルーブリックであり、それが「指導としてのICEルーブリック」と呼ばれる所以である。

「表面的な学び」と「深い学び」

 これをICEで考えれば、表面的な学び(I) と深い学び(C) に置き換えることができる。深い学び(C) には、ICEのコネクション(つなげる、関連づける)が必要になる。なぜなら、「C」は柔軟な発想を生み出すからである。なぜ、つなげたり、関連づけたりすることが深い学びにつながるのか、それは内容をComprehensionするからである。同じ理解でもComprehension とUnderstandingとでは違う。両者の違いは「振り返り」があるかどうかである。振り返りが「深い学び」につながるというのがポートフォリオの特徴である。
 筆者の授業では、「ミニットペーパー・eポートフォリオとコンセプトマップ」を実践している(詳細は、「単位制を考察する~eラーニングによる学修時間をどう確保するか~」『教育学術新聞』(2020年5月13日)を参照)。「ミニットペーパー・eポートフォリオとコンセプトマップ」のことを略して「コンセプトマップ・eポートフォリオ」と呼んでいる。コンセプトマップは、「マインドマップ」とも呼ばれる。しかし、ポートフォリオの場合は、コンセプトマップと呼ぶのが一般的である。具体的には、授業終了後にその単元のコンセプトマップを作成する。最後に15回のコンセプトマップを全体的に振り返り、それをもとにeポートフォリオを作成する。
 下記に「反転授業」についてのコンセプトマップを描いた事例を紹介する。「50分」との表示は、作成に費やした時間のことである。

出典:京都情報大学院大学院生 瀋哲昊
出典:京都情報大学院大学院生 瀋哲昊(※図をクリックすると拡大されます)

紙ポートフォリオとeポートフォリオ

 ポートフォリオとは、本来、紙バサミのことで写真家やデザイナー、建築家などが自分の能力や技術を証明する作品を顧客に見せるためのファイルのことである。eポートフォリオは紙ポートフォリオの学習成果物を電子データとして管理したものである。専用eポートフォリオ・システムを使うとLMS等の学習管理システムと連携してLMSにアップロードされたファイルや成績などのデータ、学習の進捗状況をeポートフォリオに自動的に取り込んだり、見せたい人にだけ公開を制限したりすることが比較的容易にできる。詳しくは、主体的学び研究所ホームページ動画「新春対談2014『主体的学びを促すポートフォリオ』」と題した、eポートフォリオ専門家 森本康彦(東京学芸大学准教授)氏との収録映像を参考にしてもらいたい。

ICEモデルの原書

 筆者の「話題提供」後に、カナダ・クイーンズ大学教育・学習センター長スー・ヤング博士からのビデオメッセージおよび要点の紹介が予定されたので、ICEモデルの原書についても触れておきたい。

ASSESSMENT&LEARNING

 日本語訳では「評価」を使っているが、原書では表紙かもわかるように「アセスメント」となっている。日本ではアセスメントと評価が混同している。両者は決定的に違う。その違いはICEモデル/ICEルーブリックではより顕著である。したがって、ICEを使う教員は「評価者」ではなく、「アセスメント者」であるとの認識が必要である。

評価とアセスメントの語源

 Evaluationは e―「外へ」val「価値」―ateで構成され、「価値を見出す」➡「評価」となった。一方、Assessmentはassess = sit が語源である。したがって、語源に従えば「座る」という意味がある。学生と一緒に座って話し合うことである。ディ・フィンク博士は、「膝を交えて話し合う」ことがアセスメントの意味だと説明している。したがって、フィードバックという考えが重要になる。小テストは「評価(Evaluation)」になるので、アセスメントによる質的評価をどのようにするかが課題である。
 原書にはICEモデルという表現はない。「ICEアプローチ」である。執筆者が「アプローチ」というタイトルを付けたのには意味があったと思われる。生徒や学生に「近づく」と言う意味合いがあったのかも知れない。モデルとはパターンにはめ込む意味があるが、アプローチなら多様なアクセスが可能である。したがって、原書のアセスメントやアプローチの表現には執筆者の思い入れがあったと思われる。

質的評価には動詞の活用が不可欠

 質的評価には動詞の活用が不可欠である。ICEルーブリックでの質的評価が問われるが、そこでの「バロメーター」となるのが動詞の活用法である。ヤング博士からICE動詞一覧が提供されたが、それはあくまでも「目安」に過ぎない。専門分野や科目によっても動詞の活用は異なる。何よりも目前にいる学生は、担当教員の授業を受けている。教員が学生に活用して欲しいICE動詞を提供する必要がある。

ICEのEは、eラーニングのe?

 対面授業➡eラーニング授業へとパラダイム転換している。当然、「eラーニング用ICE動詞」が望ましい。ICEのEは、eラーニングのeと考えることもできる。ICEの特徴はポータブル性とその柔軟な発想にあるはずである。
「ラーニングパラダイム」➡「ラーニングパラダイム」➡「eラーニングパラダイム」への新たな展開(E) は必至である。

おわりに~オンライン授業と反転授業の課題

 オンライン授業の一環として反転授業が注目された途端、「猫も杓子も」とばかりに教員研修が行われている。果たして、教員研修だけで事足りるだろうか。筆者から見れば、片手落ちの感がぬぐえない。なぜなら、反転授業の影響を最も受けるのは外でもない学生だからである。学生は反転授業について教員と同じように「事の重大さ」を認識しているだろうか。なぜ、オンライン授業において反転授業が重要なのか。教室内授業との関係はどうあるべきなのか。大学は教員と同じように学生に対しても反転授業について周知徹底する必要がある。筆者の京都情報大学院大学では秋学期がはじまったら、院生を対象に反転授業説明会をする予定である。
 反転授業には課題も多い。教室外学習を重視する「反転授業」をどのように成績評価に反映させるか。教室外学習が成績評価に加味されないことを学生が知れば、その効果は半減する。したがって、反転授業における教室外学習は教室内授業の一環であるとの評価システムが必要であり、それを考慮したシラバス作りが喫緊の課題である。
 最後に、筆者もオンライン授業をZOOMで経験した。ZOOMは対面授業ができるということで大学側も強く「推奨」した。しかし、それは学生がマイクや映像を「ON」にすることを「前提」にしたものである。ところが、実際は多くの学生は両方ともOFFにして「私は貝になりたい」とばかりに殻に閉じこもっている。同じような悩みを抱く同僚もいるが、学生にONを強要することは「プライバシー」に関わるのではないかと躊躇している。ところが、今回の履修生からのフィードバックには驚きのコメントがあった。たとえば、「ZOOMを使用した同期型オンライン授業の強みは、チャットや音声通話を通して先生―学生・学生―学生のやり取りがリアルタイムで可能なことです。」としたうえで、チャットの問題を解決する2つの方法を提案した。「1つは、学生のカメラONを義務付けた上で、音声での応答をメインとし、チャットはあくまで補助とする。2つ目は、ZOOMの標準機能である『挙手ボタン』を押した学生を先生が当て発言権を与えるというものです。これで学生の授業参加率自体も上がると考えます。(男子院生)」まさしく、教員の授業改善は学生から学ぶ(“Learning from Students”)ということである。

(2020年9月4日)