主体的学び研究所

11.「主体的学び」とアクティブラーニングの仕掛け

 主体的学び研究所 顧問
土持ゲーリー法一

はじめに

 文部科学省の奨励もあって、高校や大学でアクティブラーニングが「加速」している。これは「学習パラダイム」へ転換した兆しである。生徒や学生が退屈な授業から解放され、主体的な学びにつながるとの期待感もある。教員にとっても、生徒や学生が自主的に学ぶことは喜ばしい限りである。しかし、一方でアクティブラーニングを「評価」しなければならないという「悩み」もある。これまで知識のみの評価に慣れた教員にとって、技能や態度をどのように測定すれば良いか大きなチャレンジといえる。多くの場合、アクティブラーニングは評価が難しいうえに、それに見合った成果がないと疑念を抱く教員も少なくない。アメリカでも、一時期、アクティブラーニングは授業の「足かせ」になると敬遠された歴史があった。アクティブラーニングを効果的に導入するには、優れた授業デザインが不可欠である。なぜ、アクティブラーニングが必要なのか、メリットあるいはデメリットも含めて考える必要がある。アクティブラーニングを導入すれば、すべてがうまく行くと考えるのは「幻想」である。

アクティブラーニングには仕掛けが必要

 人を魅了するマジック(手品)と同じように、アクティブラーニングにも仕掛けが必要である。優れたマジックは、マジシャンと観衆が一体となり、どのような仕掛けが隠されているか見抜くことができないほど巧妙である。アクティブラーニングも同じで、その裏で仕掛けが必要である。どのような仕掛けが望ましいか、誰も明快な答えを持ち合わせていない。「啐啄同時」(そったくどうじ)とでもいうか、阿吽の呼吸のようなものが必要である。生徒や学生の行動、そして授業の雰囲気や状況を判断する資質が問われる。

アクティブラーニングは本当に効果があるのか

 アクティブラーニングは本当に効果があるのか。そうだとしたら、どのような効果なのか、誰もが知りたいところである。結論から先に述べれば、大いに効果があることが実証された。それがここで紹介するノーベル物理学受賞カール・ワイマン博士による物理学導入コースの授業に関する実証研究である。その研究成果は、2011年5月『サイエンス』誌に論文(“Improved Learning in a Large-Enrollment Physics Class” )に発表されて以来、世界中から注目されている。筆者も、ディ・フィンク博士から2012年に帝京大学第1回FDフォーラムで「能動的学習~学生を学習させるには~」と題した講演のなかではじめて知った。
 2019年3月2日、東北大学高度教養教育・学生支援機構主催のカール・ワイマン博士の基調講演「エビデンスに基づく理工系学部教育の変革」があった。彼の講演を生で聞いて知的興奮を覚えた。なぜなら、筆者は4月からIT専門職大学院に行くことになっていたからである。配布パンフレットによれば、ワイマン博士は2001年にノーベル物理学賞を受賞した最前線の研究者でありながら、1990年代から科学教育の変革に取り組んでいる。2004年に全米ベストティーチャー賞(U.S. Professor of the Year)を受賞した。グループの実践研究成果によれば、学生が自ら学習する授業は、人気教授の名講義に勝るというのである。すなわち、学生に高い学習成果をもたらす授業は、科学者が教育にも科学的アプローチ(エビデンスに基づく教育方法)を採ることで実現する。そのために学生にチャレンジングな課題を与え、科学者らしい推論を行うように仕向け、頻繁にフィードバックするという手法である。
 ワイマン博士の主導により、米国コロラド大学ボルダー校及びカナダのブリティッシュ・コロンビア大学の理系各学科282人の教員が科学的授業法を採用し、235科目の授業を科学的方法で実践した。研究大学における授業変革としては、世界的規模のものであると紹介された。

実験結果データ

 その実験研究とはどのようなものなのか。フィンク博士の説明によれば、物理学導入コースを学ぶ同レベルの学生を250人ずつ、二つの大きなクラスに分け、教員が数週間、同じ講義を行った後、実験群クラスだけ最後の1週間(3日間)をワイマン博士の研究指導を受けたポスドクがアクティブラーニングを取り入れ、グループで問題解決に取り組んだり、迅速なフィードバックを行ったりした結果、アクティブラーニングを取り入れた実験群クラスでは、学生の出席率が57 % → 75 %、学生の積極的な関与率も45 % → 85 %に伸びた。さらに、驚くべきことは、学生の学習成果も飛躍的に伸びたという事実である。
 以下の図表は、『サイエンス』誌で掲載されたものとは別に、基調講演の配布資料からのデータである。下記のヒストグラムでは、講義とアクティブラーニングの違いが鮮明に描かれ、講義から学ぶことは少ないことが特記されている。図表からも分かるように、共通テスト12問に、どのグループ群の学生が何問を正解したかのデータである。講義だけのグループ群の学生と、アクティブラーニングを取り入れた実験群クラスの学生との間に歴然とした格差が見られた。たとえば、講義だけのグループの得点が4~5問のところに集中したのに対して、アクティブラーニングを取り入れた実験群クラスは、11問のところに約45名も集中した。12問を正解した実験群クラスの学生数は約20名いたが、実は、12問目は講義で教わらなかった問題で、それまでの学びを能動的につなげて正解を導き出した結果によるものであった。このように、未知の難題に果敢にチャレンジするのがアクティブラーニングの特徴であるとフィンク博士は帝京大学での講演を締めくくった。  大森不二雄氏の「国際シンポジウム『ノーベル賞受賞者が主導した科学・技術教育の科学的変革』」によれば、実験群クラスでは学生にチャレンジングな問いや課題を与え、物理学者のような推論(結果の予測や根拠となる議論)を行うように仕向けいている。ディスカッションやグループワークを通じ、受講生は自身の推論や他の受講生の推論を批評し、クリッカーを使って回答する。物理学のポスドク研究者が頻繁にフィードバックをした結果である。
 授業中は科学的思考の実践に没頭させるため、単純な知識伝達については授業外学習(予習)として、教科書3~4頁程度を読ませ、それに基づく小テスト(正誤式)をオンラインで実施した。

まとめ

 アクティブラーニングが効果的に機能し、学生の学びに直結するには、実験群クラスで見られたように学生の主体的な学びが必要である。これからは、ITを駆使した反転授業やグループ活動につながるスクラッチクイズなど、多くの仕掛けで学修を促進しなければならない。ワイマン博士の講演内容については、東北大学高度教養教育・学生支援機構大学教育支援センターで、PDPオンラインにアップされるとのことであった。(注:まだアップされていないようです)

(2019年10月13日)