主体的学び研究所

9.「主体的学び」と多様性

 主体的学び研究所 顧問
土持ゲーリー法一

はじめに

 2019年10月、リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞が旭化成名誉フェロー吉野彰氏に授与された。大学研究者でなく、民間企業研究者から生まれたことの意義は大きく、今後の大学と企業(社会)の「大社連携」の活性化につながる。今回の受賞は、今後のIT社会に大きな影響を与えることは間違いない。さらに、地球環境問題など多くのところで役立つと期待される。今回の受賞理由は、リチウムイオン電池の開発にあるところから、このニュースを耳にしたとき、すぐに電池の+極と-極のことを思い浮かべた。通電するには、両極が必要である。これは日本人だけではなく、留学生など多様な人との関わりを意味している。
 近年、日本のITは世界中から注目されているのか、私の京都情報大学院大学にも多くの留学生が在籍している。
 周知のように、日本政府は2008年に「留学生30万人計画」を発表した。これは、日本への留学生を2020年までに30万人に増やそうという計画である。平成30年5月1日現在の留学生数298,980人(前年比 31,938人(12.0%)増)である。出身地域別留学生の割合については、アジア地域からの留学生が93.4%(前年度93.3%)、欧州・北米地域からの留学生が合わせて4.5%(同4.4%)となっている。 中国・ベトナムからの留学生を合わせると、全留学生に占める割合は62.6%(前年度63.3%)となっている。このデータからも明らかなように、アジアからの留学生が大半を占めている。
 日本のITや先端技術の発展を脅かしているのは欧米だけではない、同じアジアの「教育先進国」と言われるシンガポールもそうである。シンガポールを代表する2つの大学を訪問する機会があったので紹介したい。詳細については、『教育学術新聞』に記載され、 「主体的学び研究所」HP(こちらをクリック)にも転載しているので参照してもらいたい。

デューク・シンガポール国立大学医学部(Duke-NUS)

 最近、世界の大学ランキングが公表され、日本を代表する東京大学が前回の39位からランキングを上げて34位になったと喜んでいるが、同じアジアのシンガポール国立大学(NUS)は12位、南洋理工大学(NTU)は13位と日本を大きく引き離している。その結果、世界中の目が小国シンガポールを注視している。
 日本人が長い間、「発展途上国」と考えていたシンガポールの大学が大きく変貌している。シンガポールは世界の高等教育界において「東洋のボストン」になることを目指し、2018年までに留学生20万人を受け入れることを国策としている。人口400万人ほどの小国が20万人の留学生を受け入れることは、日本の人口に換算すれば、実に600万人の留学生を受け入れることに匹敵する大事業であり、いかに野心的な計画であるかが明白である。実際に、キャンパスを訪れると多様な留学生で活気にあふれていた。多様な人種が活発に相互交流することで「化学反応」を引き起こす。それだけではない。この国は「ワールド・クラス大学(WCU)」の誘致・連携と海外キャンパスの設置にも意欲的である。発展の大きな原動力となっているのが、従来の伝統的なイギリス教育からアメリカ教育への転換である。
 この大学は名称の通り、アメリカのノースカロライナ州の名門デューク大学医学部とシンガポール国立大学がドッキングして新たに設立された医学部である。この大学が世界的に注目されるようになったのは、医学部で採択されている教授法にある。日本の医学部と同じように、ほとんどの医学部はPBL(問題解決型学習)を採択して講義のみならず、臨床も行っている。ところが、アメリカでは、最近、PBLに代わってTBL(課題発見型学習)という教授法を導入して注目されている。全学的にTBLを導入して世界を驚かせたのがDuke-NUS医学部である。この大学の最大の特徴は教授法にある。これは、アメリカの医学教育をシンガポールにもたらす必要性からTeamLEADと呼ばれる革新的な教授法を導入したことである。すなわち、Team-based Learning をDuke-NUS医学部化したものがTeamLEADである。LEADとはLearn、Engage、Apply、Developを表したものである。

(写真:多様なエリート医学部生と一緒に大学近くの食堂でランチ、2016年10月25日)

シンガポールマネジメント大学(SMU)

 冒頭で、「2019年10月、リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞が旭化成名誉フェロー吉野彰氏に授与された。大学研究者でなく、民間企業研究者から生まれたことの意義は大きく、今後の大学と企業(社会)の「大社連携」の活性化につながる。」と述べた。この「大社連携」の重要性を早くから認識して実践しているのがシンガポールマネジメント大学(以下、SMUと略す)である。SMUの中にSMU-Xというプログラムがある。SMU-Xのキャッチフレーズは、“Bridging Academia and Practice” を標榜するものである。“Academia(アカデミア)” とは大学のこと、“Practice(実践)” とは企業のことである。
 両者の架け橋が “X” で象徴されるのがSMU-Xである。X とは “Experience” や “Expert” のことで、在学中に学生に社会経験を積み、実社会の専門性を持って卒業させるプログラムで、インターンシップにも似ているように思われるが違う。これは教員・企業・学生が三位一体となってカリキュラム、プロジェクト、就活までを連続して行うものである。たとえば、大学は企業からプロジェクトを受けて一緒に研究成果を追求する。SMU-Xの “X” とは教授法(The Way of Teaching)のことでもある。
 2つのシンガポールの大学を通して見えてきたのは「多様性」である。最初のDuke-NUS医学部は、多くのエリート医学生をアジア諸国から招き入れ、TBL型教授法で世界をリードしている。また、SMUは教員・企業・学生の三位一体の多様性で新たな世界にチャレンジしている。
 筆者は、所属大学で来年度「学校・企業内教育国際比較研究」を教えることになっている。副題を「グローバル教育 特論」として、留学生の視点を取り入れて日本の教育制度の課題を考え、IT社会に通用する学校教育とは何か。企業とどのような連携が必要かなどについて学生と議論することにしている。

(2019年10月11日)