主体的学び研究所

05月

主体的学びに授業映像収録はどう役立つのか

オンライン教育のシステム開発に長く関わってきた小篠洋一氏(専門:物理工学、ソフトウェア開発)が、学修(★注)支援ツールとしての授業収録が学修改革に如何に役立つかについて述べているので紹介したい。(「主体的学び」創刊号)(★注:15コマではなく、15週の学び)

1.      アクティブ•ラーニングへの転換

教育のパライダイム転換により、単位制に基づいて教員と学生が一体になり、学生が主体的に学んだことが授業に反映されることが求められている。つまり、授業は「学習」から「学修」に転換する。この学修時間の増加を始点にした改革への取組み対応のひとつとして、「講義のデジタルアーカイビング化」が推進されている。しかしながら、著者は、この目的に沿って授業収録映像は上手く使われているのか、という疑問を持つ。

2.      「教員と学生が一体化した学習づくり」における映像の価値について

大学における学習支援としてのICTの活用は必ずしも十分とは言えない中で、多くの大学が講義のデジタルアーカイビングを実践している(文科省の調査)。ICTの進歩により授業収録システム運用に関する教職員の負荷を大きく軽減している。にもかかわらず、教員が途中で活用しなくなることの原因を著者は次のように考える。「学生の視点に立った授業設計」「学生の学習環境の支援等の在り方」の実践が不十分であること。教育工学に基づいた「映像技術を学習に十分に活かすための研究」が不十分であること。(米国の調査結果の例をあげているが)さらには映像コンテンツを積極的に活用するための「大学の支援体制や教職員へのモチベーションづくり」「教員への著作権での不安解消」などもあるだろう。

3.      米国の成功事例と主体的学びを促す授業収録

イースタン•ニューメキシコ大学(ENMU)の授業収録導入の成功の秘訣を紹介している。アクティブ•ラ—ニングを実践するための高い目標(人種を越えた幅広い市民に学習の機会を提供し生涯学び続ける能力を養成する)を全学で掲げていること。映像技術をこのためのコアとして位置づけ、専門家(インストラクショナルデザイナー等:最近のMOOCSの授業設計には必須のスタッフとなってきている)を採用して「効果的な教育法と質の高い授業設計のギャップを埋めた。Podcastから障害者へのアクセシビリティまで対応し、幅広い使用方法ワークショップを開き、ベストプラクティスを大学内で共有した。」(著者)まさに授業収録を成功させるマクロ的な条件と言える。

一方、ミクロ的な視点での効果を米国の著名なFD指導者であるD.L.フィンク博士の言う主体的学びの定義(学生が得る情報•アイデア、学生が自ら起す行動、振り返りの3つの活動のつながり)に即して説明する。反転授業などでの事前学修のための情報•アイデア、授業外(ラーニング•コモンズや食堂など)での学生同士のコミュニケーションや恊働学習を通じた気づきによる学生の行動、また授業後の収録映像での振り返りが授業収録(映像アーカイビング)によってつながってくる。

4.      授業収録が学修支援ツールとして浸透していくために考えること

「アクティブ•ラーンニングに即した授業収録の価値」が知識の習得 x 学生自らが起す行動 x 振り返り、の3つの活動とつながっているという指摘は興味深い。著書は米国教育での映像活用の歴史を振り返り、社会が映像に日常的に接することが習慣化していることも指摘する。モバイル端末や各種のインターネットツールが教室内外の学修環境に益々浸透してくる今日、文科省は今年から大学改革を加速するAPを実施するが、この中でも映像活用は大きなテーマのひとつである。学習支援システムやポートフォリオとの連携、映像活用専門スタッフの増強、教務スタッフや高等教育開発センター等のFD支援チームとの連携など工夫すべきことは確かに沢山ある。

 

この論文の最後の言葉がとても大切であると感じた。オンライン教育の専門家である著者が「ICTは道具にすぎない」と戒める。実に多くの意味を含んだ発言である。

 

研究員

花岡隆一

日本の大学に必要なCommunity Engagementとは何か?

国民の声は、現在の大学は社会が期待している人材養成が十分なされていないと言う。全く同じ現象が米国でもある。1995年にロバート•バーとジョン•タグが『教えることから学ぶことへの教育のパラダイムシフト』で書いた。(主体的学び研究所の『主体的学び』創刊号の特集論文「教育から学習への転換」参照)

ユタバレイ大学のアントン•トーマン博士がこれを整理して、さらに一歩進んだ取組みを紹介している。

旧来の講義形式の授業は、知識を伝えること及びそれを覚えることが授業で一番重要とされ、そのアウトカムの評価として選択テストをしていた。しかし、これが明らかな誤りであると多くの教育者により考えられるようになった。決定的なものは長年の脳科学研究の成果として、教えられるだけの知識は脳に残らない、自分で考えるプロセスがないものは知識にならない。さらに、自分の言葉に置き換える作業(パラフレイズ)をしないと自分の知識とならない。そもそも聴いている時は、脳は受身=拒否している。考えている時の脳は受け入れている、ということを証明した。

カナダのクィーンズ大学のスー•ヤング博士は、これをICEモデルという授業方法や評価方法として確立した。(I=Ideas=知識の習得、C=Connections=自分の知識への止揚、パラフレイズ、E=Extensions=学びの社会での活用)(『主体的学び』創刊号「ICEルーブリック」(土持ゲーリー法一博士)「ICE出版記念講演会レポート」参照)

さて、ユタバレイ大学での取組みであるが、米国社会が期待する基本的な人材(=コミュニケーション、チームワーク、批判的精神、倫理感や問題解決能力)養成を目標にしつつ、急激に変化する社会のスピード(例えば、スマホは7年前には存在しなかった)に対応した教育の在り方を考えて試行錯誤している。全ての視点を学生中心(Student Engagement)に考えるのであるが、さらに言うと大学が学問の府として独立するのでなく、社会の一員として社会のスピードに合った教育内容でなければならないと考える。それがCommunity Engagementと言うものである。今後Community Engagement over Student Engagementを重視した主体的な学びが日本の大学でも増えていくことを期待したい。

 

研究員 花岡隆一