主体的学び研究所

10月

キャリア教育の障害と「柔軟な専門性(Flexpeciality)]

本田由紀さんの「教育の職業的意義」を読む。日本では教育の職業的意義を学んでいないという指摘である。若年労働環境が悪化している今日、中等教育、高等教育での職業的意義の回復が焦眉の急である。職業教育に関する歴史、世界との比較、キャリア教育、職業的意義の構築の方向などが論じられている。

キャリア教育は障害であることを指摘している。1990年代の後半から国の施策として推進されてきた。「人間力」「生きる力」などの概念である。キャリア教育は勤労感や職業感の育成を範疇として、職業教育は知識や技能の育成を対象とするようになっている。キャリア教育には教育全体の目的と重なり非常に曖昧な意味付けとなる。現場の教師は具体的な学び方が明確でないことで、学習者は「将来の職業はきちんと考えて選びなさい」という一種の圧力としての教育になってしまう。さらには、教育の職業的意義は、本来「適正」の学びと「抵抗」の学びの両方が必要であるが、キャリア教育は「適正」のみを強調している。

教育の空間には余白が必要であるという。全て到達目標に向かってバックデザインされた教育プロセスを自覚して学ぶのではなく結果として成長していたという学びである。

「柔軟な専門性(Flexpeciality)」は秀逸な指摘である。専門性に関しての基盤を作るとそこから学際的な分野、リベラルアーツへの学習の広がりが発展していく。これは学習プロセスとしても実証されているが、現実の社会でも多くの実証例がある。ICEモデルとも通じるアクティブラーニングである。東京女子医科大学の「チュートリアル」という協働学習がある。女性医師の専門職を基本として社会人としての学びを症例研究を通じて、学生が授業の全てをつくる学びである。女性がもっと活躍する社会を、医師という専門職を意識する中で考えていく、まさに本田さんの言う「柔軟な専門性」ではないかと思う。

 

本田由紀「教育の職業的意義」(ちくま新書)

 

研究員 花岡隆一

ディープ•アクティブラーニングにつながるポートフォリオOPPA

堀哲夫先生(山梨大学 理事•副学長)が開発したOPPA(One Page Portfolio Assessment)は大学の授業が単元でなく15コマつなぐことの重要性を通奏低音にもった素晴らしい、とてもコンパクトなポートフォリオであり、全国の教育現場で活用して欲しいと感じた。

コンパクトなツールとしては広島県立安芸高校(柞磨校長)が推進しているアクティブラーニングを促すICEモデルと重なるところがある。

何を学ぶか(ICEのextension)、どう学べたか、どう学べなかったか(Fink先生と同じ問いかけ)の自らへの問いかけを受講前と受講後に考える。さらに各コマでの省察を極めてコンパクトに記述する。これを一切の「学習評価に用いない」というのを聞いて、成る程と思う。評価に使うということが学習者に伝わった時点で、学習者は教師の方向を向いてしまい自分の成長のためのポートフォリオとはならなくなる。知識テストの結果との関連性を比較をしてみたら、よく省察できている学習者の知識テストが必ずしも高くないということもあった。使う頭が違うのである。生涯学び続ける能力はポートフォリオで成長の軌跡を省察できる学習者が明らかに高い。

深い学びにつながるコンセプトマップも受講前と受講後で書いてみると全く違うものができる。これも成る程と思う。

堀先生のもうひとつの研究は「道徳」授業の評価方法である。「道徳」では正しいことの知識を得ることが目標ではないにもかかわらず、そうした授業をして評価していることに疑問を持たれた。OPPAを使った授業をしていて、「道徳」授業はまさにポートフォリオをつくることと同じであると考え、高校の先生方とも議論を深めている。

参考文献: 『教育評価の本質を問う 一枚ポートフォリオ評価 OPPA』
堀哲夫著 東洋館出版社

 

研究員 花岡隆一

広島県立安芸高校の柞磨(たるま)校長によるアクティブ•ラーニングを促すICEモデルの実践

予てよりアクティブ•ラーニングを促す授業方法としてICEモデルの活用を実践している広島県立安芸高校の柞磨校長は多くの先生方とその実践を深めている。昨今どこのFDセミナーでも話題となる「アクティブ•ラーニングの定義」であるが、柞磨先生は次のように定める。『Active Learningとは、問の生成、自己内対話・相互作用、省察・価値づけができていること。さらに簡潔に言うと「開かれた質問」ができることである。』

ICEを日本に紹介した土持ゲー−リー先生も柞磨先生の考えに賛同され、ICEの基礎知識はconnectionsやextensionsを考えながら質問をすることであると言われる。カナダのSue先生もこのことに触れていてICEモデルは必ずしもIdeasから始まるものではなく、例えばextensionsからはじめる「バックワードデザイン」がある。つまり到達目標を教師が明確にすることで生徒がこれから学ぶIdeasやconnectionsに生徒なりの方向性を持つことができる。つまり自分の問いが生まれる学習が発生する。

ICEの特長のひとつである動詞の使い方についても柞磨先生とゲーリー先生の対談はとても興味深い。多くの動詞に拘りすぎて肝心の文脈の理解が疎かにならないかという疑問であるが、教師がextensionsのターゲットを明確化していれば、それにつながる必要な動詞を教師それぞれの判断で使うのがよいのではないだろうか、という考え方である。

お二人の対談は尽きることがなく高校と大学の連携がますます重要になっていることを痛感した。

 

 

研究員 花岡隆一