主体的学び研究所

10.「主体的学び」と新聞の活用

 主体的学び研究所 顧問
土持ゲーリー法一

はじめに

 最近、興味あるサイトと動画を見つけた。タイトルは「学校制度における5つの問題点」と題するもので、①産業化時代の価値観に基づいた教育制度、②本物の学びではない、③自主性の欠如、④インターネットの活用、⑤学び方の違いに対処しない、という項目で日本の教育を批判するものであった。筆者は驚愕した。なぜなら、多くが的を射ていたからである。詳細は、動画も含めて、http://dengekiranking.net/5issuesofeducationを参照してもらいたい。しかし、すべての日本の学校制度がそうであるとは限らない。なかには、卓越した授業もあることを以下に紹介する。
 帝京大学で初年次教養教育の必修化をめぐって教科書をどうするか、教材をどうするかが議論になったことがある。そこで、新聞を教材にすることを提言したという経緯がある。演習やゼミを担当する教員の中には、早くから新聞を教材に取り入れている者もいた。この場合、担当教員の専門分野に関する社説などを読ませたり、解説したり、討論したりすることが中心になる。これは過去の記事を読ませて学ばせるもので、ニュースとして新聞を読ませるのとは次元が違う。新聞を教材にするメリットは、「いま」を分析することにある。すなわち、決められた記事を読ませるのではなく、どのようなハプニングがあるか先が読めない「想定外」に対応するのが新聞を教材にする醍醐味である。
 アメリカの大学では、新聞の記事を事前に調べて授業で紹介する。これは学生が教室外学習の一環として調べて、他の学生と共有するのが目的である。
 筆者は、3年間、元読売新聞社記者松本美奈氏と授業を共にした。その授業方法は斬新で「脱帽」と言わざるを得なかった。筆者の仕事は、ファカルティ・ディベロプメント(FD)と言われる教員の授業改善を促す研修を専門としている。松本氏は教員ではないので、このような教員研修を受けたことがないにもかかわらず、「理想的」な教授法で授業を展開した。他方、このような授業方法を他の教員に勧めるのには少々躊躇した。まさしく、「両刃の剣」の心境であった。
 筆者は、固定概念を捨て、リベラルな視点から授業を構成すべきだと考えている。学生はチームで行動し、教員もペアで教え、テーマも学際的であることが望ましいと考えている。この場合のペアとは、教員と社会人(企業人)という意味である。これは学生にとっても刺激的で、将来の就活にもつながるメリットがある。

「学習」から「学問」へのパラダイムシフト

 この授業は多くの点で革新的であった。なぜ、そう断言できるか。それは完全に学生中心の授業形態を取り、教員はファシリテーターに徹していたからである。松本氏は、初年次の学生に対して、「学習」と「学問」の違いを通して、「学びの転換」が必要であることを諭した。これまでの高校の学びは、教員からの教えを「学ぶ・習う」ことに中心が置かれたが、大学で必要なことは「主体的な学び」、すなわち、「問うて学ぶ」ことだと説明した。「問う」がキーワードである。すなわち、教員の仕事は、この「問う」をどのように具現化するかであると言っても過言ではない。これは単に「質問」するだけでなく、「問い」を通して、学生の内なるものを引き出すことが重要である。したがって、質問には「閉ざされた質問」と「開かれた質問」がある。必要なのは、「開かれた質問」である。「閉ざされた質問」では想定内の質問になりがちで、あらかじめ答える準備ができているが、「開かれた質問」は、置かれた状況や学生の反応次第で大きく変わる。まさしく「想定外」の連続である。そこでは「対話」という「問答」が繰り広げられる。

コンセプトマップは学びを可視化する

 たしかに、質問を通して学生の考えを引き出すことはできるが、限界もある。なぜなら、「質問」するという行動は、高校までは一般的ではなかったからである。教員も「質問」を好まない傾向にある。むしろ、授業の進路の「妨げ」になると喜ばない。そのような環境で育った「生徒」に、突然、質問するように促してもすぐにできるものではない。国際会議に出席しても質問ができないと批判されることが多いが、それは経験の乏しさから発生するものである。
 「質問」がうまくいかなければ、学生が何を考えているかもわからない。したがって、教員の指導にも限界がある。「質問」のないクラスで授業を延々と行う教員は、外国から見れば、「変人」だと思われるかもわからない。
 授業でコンセプトマップを活用することは、学生の内面を可視化することに役立つ。具体的には、学生に新聞記事を読ませ、それを他者に説明できるようにコンセプトマップで描かせることである。コンセプトマップとは概念をマッピングするもので、ラーニング・ポートフォリオをまとめるときの自分の考えや概念を整理するのに役立つツールとなる。
 コンセプトマップは学生と教員のコミュニケーション・ツールとしても役立つ。学生がどこでつまずき、どこが理解できなかったのかがわからなければ、指導のしようもない。その意味で、コンセプトマップは学生の学びを可視化できる優れたツールといえる。

コンセプトマップとICEモデル

 コンセプトマップの「C」も「つながり」を意味する。どのような「つながり」にするかで内容も大きく変わる。この「つながり」が学生の主体性を促し、活動を生み出す原動力となることから、アクティブラーニングの要と言われる。ICEモデルの中心の「C」が注目される所以である。学びの源泉である「好奇心(Curiosity)」の頭文字もまたCである。「C」をどのように活性化するかが、今後の課題である。「C」はコネクションである。これまでの学び(I)を関連づけて自分の学びにする。したがって、「I」だけの学びは、借り物でしかない。関連づけてはじめて自分の学びになる。したがって、「深い学び」と呼ばれる。

おわりに

 筆者は、2019年4月から京都に移住した。近くに世界遺産の真言宗総本山東寺(教王護国寺)がある。また、同じICEルーブリック研究会の「同朋」(小林信三氏)と親交を深めたことを契機に、弘法大師(空海)の曼荼羅に関心を持つようになった。空海は、仏教の真理は極めて神秘的で、言葉の世界を超越したものであるとして、曼荼羅を介して伝道した。したがって、曼荼羅にはストーリー性がある。これが正しい理解どうか、識者に質さなければならないが、コンセプトマップの概念にも似ている。なぜなら、コンセプトマップも心の中の思いや概念を「イメージ」としてつなげているからである。したがって、コンセプトマップにも描いた人のストーリーが滲んでいる。

(2019年10月12日)