主体的学び研究所

「主体的学び」と ICEルーブリック

4「主体的学び」と ICEルーブリック

主体的学び研究所 顧問
土持ゲーリー法一

はじめに
 今回は、ICEルーブリックついて説明する。ICEルーブリックとは何なのか。ルーブリックとどのように違うのか。また、ICEモデルとは何なのか。ICEモデルとの関係はどうなのか、多くの質問に答える必要がある。
 ICEモデルは、主体的学び研究所の「商標」である。これは遡ること、4年前、カナダのクイーンズ大学スー・ヤング博士の共著訳『「主体的学び」につなげる評価と学習法~カナダで実践されるICEモデル』(東信堂、2013年)を契機に、日本で紹介された実践書である。

ICEはどのようにして生まれたのか
 最近、多くの高校や大学でICEが注目されている。ICEという発想は、原著者のヤング博士によれば、教員のコースデザイン研修の過程で生まれたものである。したがって、ICEはコースデザインの一環であって、ICEモデルという単独のものがあるわけではない。コースデザインには、教員中心のコースデザインと学習者中心のコースデザインがある。学習パラダイムへの移行にともなって、バックワード・コースデザインという考えが生まれた。
 従来のコースデザインは教員中心であったので、成績評価は、最後の最後に、教員が決めていた。ところが、学習者中心のコースデザインでは、学習者にもっとも関心があるのが成績評価であるとの認識から、最初に取り上げるようになり、そこから逆算してコースをデザインするという発想の転換が見られた。
 当然、クイーンズ大学の教員研修でもバックワード・コースデザインの手法が取られている。そのことから、ICEはバックワード・コースデザインで考える方がわかりやすい。現に、ヤング博士はICEを順序立てて教える必要はないと述べている。すなわち、Iからでも、Cからでも、Eからでスタートすることができる。

ICEとICEルーブリックの関係
 両者は表裏一体の関係にある。ICEは学習方法で、ICEルーブリックは評価方法である。換言すれば、学習方法と評価が「一体」になっている。これは、ICEモデルの翻訳書のタイトルが「『主体的学び』につなげる評価と学習方法」と題していることからも明らかである。評価と学習方法が一体化すれば、「主体的学び」につながる。ICEモデルの学習方法がICEルーブリックの評価と直結している。学習者にとって、学びと評価が「可視化」できるモデルである。

ルーブリックの限界
 中央教育審議会の影響もあって、多くのところでルーブリックが採用されている。これまでのように、教員が研究室において一人で評価していたものをルーブリックという評価基準(ルーブリック)を用いて学習者と共有することで、より客観的な評価を可能にした。しかし、万能ツールではない。このことは、実際にルーブリックを授業で活用したことのある教員なら経験的にわかることである。
 ルーブリックのどこが問題なのか。たしかに、ルーブリックは客観的な評価基準で公平さを確保してくれる。しかし、評価には大きく分けて、二つの方法がある。主体的学び研究所のHPに度々登場するディー・フィンク博士は、著書の中で、評価には「後ろ向きの評価」と「前向きの評価」があると紹介している。前者は、教員が教えた内容を学習者がいかに正しく理解・記憶したかを問う評価方法であり、教員の意図や正解が明確であり、評価が容易である。多くの教員がこの評価方法に依存している。一方、後者は学んだことを踏まえて、何ができるかを問うもので、未知の可能性を導き出すもので、逆に、評価は難しい。換言すれば、前者は数量的評価を可能にするので一目瞭然でわかりやすい。したがって、ルーブリックはあくまでも数量的評価の方法に適している。知識の多寡で評価する「後ろ向きの評価」のことをフィンク博士は「時代遅れの評価」とも述べている。なぜなら、2045年にAI(人工知能)が人間の能力を凌駕する時代には通用しなくなるからである。教育者なら誰もが、「前向きの評価」に関心があるはずである。しかし、ルーブリックには「限界」があり、前向きの評価方法には適さない。

ICEルーブリックという「救世主」
 その難問を見事に解決したのがICEルーブリックである。なぜ、そう断言できるのか。ルーブリック評価基準によるパフォーマンス評価は「レベル的評価」である。しかも、その評価記述には「いくらかできる」「少しできる」「まあまあできる」などのファジーな表現でしかレベルを区別できない構造的欠陥がある。それに対して、ICEルーブリックは、Iの領域、Cの領域、Eの領域で具体的な評価ができるからである。教員が学習者の採点のみに関心があるのなら、ルーブリックは効果的なツールと言えるが、教員が学習者の学びに対して、「指導」したいと考えるなら、ICEルーブリックでしか実現できない。なぜなら、学習者がどこで躓き、どのように躓いたか、なぜ躓いたかが、それぞれの領域で明らかにできるからである。
 ICEルーブリックでもっとも重要なものが、ICE動詞の活用である。前述の「後ろ向きの評価」では評価の対象が、「(専門)用語」に限定された。しかし、用語だけでは学習者が何を考えているかわからない。もし、学習者が学びの実態を「動詞」を用いて表現できるとしたら、多くの発見と的確な指導につながるはずである。

ICEモデル原著翻訳の秘話
 筆者がヤング博士に2012年9月に会って、ICEモデルの原著について話を伺ったとき、これを翻訳して日本語で出版したいとの動機づけになったのが、ICE動詞の存在とその活用であった。しかし、翻訳書にはICE動詞についての言及はない。これについては、『主体的学び』(創刊号、2014年)の「表6 ICEレベルの関連動詞一覧」(50頁)を参照にしてもらいたい。ICE動詞は学習者が自らの学びを「動詞」で表現するもので、教員は学習者の内面を知ることができる。「主体的な学び」がないと嘆く前に、一度、ICE動詞を使われることを薦めたい。また、教員はICE動詞に「ウエイト」をつけることで、学習者の学びの深さを質的に評価できる。

おわりに
 ICEはどこからでもはじめることができると述べたが、筆者はICEモデルのICEモデルたる所以は、ICEのCにあると考えている。IとEだけなら、どこでも見られる。なぜ、Cが重要なのか。それは質問につながるからである。質問にはクエスチョンマーク「?」がつけられる。これを逆さにすればフックの形になる。すなわち、学びをフックして離さないことになる。したがって、Cは学習者のアクティブラーニングを促す。さらに、CはI にもEにもつながる。Cは真ん中にあるだけでなく、ICEの「機転」になる。Iは「起点」ではあるが、「機転」ではない。機転とはリフレクションのための起点で、リベラルアーツ的発想を促すものである。
 従来の課題解決型から課題発見型への転換が求められている。なぜなら、課題解決型ではアクティブラーニングにつながらないからである。課題を発見するためには、多くの質問(クエスチョン)が求められる。事実、クエスチョンマーク(?)を二つ重ねると∞(無限大)の発見につながる。

(2017年11月4日)