主体的学び研究所

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年末年始のお知らせ

弊所は2018年12月28日(金)より2019年1月3日(木)まで休業いたします。
1月4日(金)から平常通りとなります。

研究所の活動へのご協力やご支援を賜り、ありがとうございました。皆さまとの交流を通して、一つひとつ学びながら一年を過ごすことができました。皆さまにはこころより感謝申し上げます。
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
研究員一同

2018.11.17(土) 『主体的学び』に執筆の先生方がイベントに登壇

松本美奈さんからとても魅力的なイベントの情報をいただきました。高大接続、未来の学びに関する研究は、弊研究所もずっと関心を寄せていたトピックです。

  松本美奈さん(読売新聞)、飯塚秀彦先生(群馬県立大間々高校)、倉部史記さん(主体的学び研究所フェロー)の方々が、未来の学び、進路選択を考えるフォーラムに登壇されます。(←ポスターをクリックすると拡大されます)
このフォーラムは、親子でも参加できるそうです。大学、高校、保護者、高校   生、それぞれの立場から未来をみつめるいい機会になりそうですね。

 

 

(※弊研究所は、イベントとは直接関係ございません。)

 

3人の先生方には、弊所刊行の各号でご執筆いただきました。各号での執筆は数年前のものですが、重要な示唆をいただいています。読者の方もこれまでの学びを振返りつつ、未来の学びを考えてみてはいかがでしょうか。

☆★☆『主体的学び』でのご執筆の情報☆★☆

松本美奈さん
「質問力を鍛える―「新聞でハテナソン」のすすめ」『主体的学び 5号 アクティブラーニングを大学から社会へ』

飯塚秀彦先生
「高大接続からみた、キャリア教育、進路指導の問題点」(伊勢崎市立四ツ葉学園中等教育学校/執筆時)
『主体的学び 別冊 高大接続改革』

倉部史記さん
「高大接続改革の今後と課題」『主体的学び 別冊 高大接続改革』
「高大接続の現場より―高大それぞれが抱えている課題」『主体的学び 2号 反転授業がすべてを解決するのか』

学習スペースと主体的学びについて

カナダのMcGill大学への訪問についてはこの欄で書いた。この度、McGill大学他の先生方との交流からLSRS(Learning Space Rating System)の翻訳(ver1.2)を行った大阪大学の浦田悠先生(全学教育推進機構)にお会いして、研究内容をお聞きした。豊中キャンパスの理工系学部の奥に全学教育推進機構の建物がある。浦田先生の専門は心理学である。Educauseでの交流などからLSRSに出会って興味を持たれた。いち早く日本語に翻訳されたのは先見の明がある。現在は一人で研究されている。そもそもLSRSは学生のエンゲージメントを促すための学習環境について、そのソフトとハードの両面から考えるというものであり、経営トップから現場、あらゆるステークホルダーの考え方を一致させることから始まる。McGill大学でもこの理念の一致に至るまで3年間を要した。

浦田先生はLSRSを構成する要素の一つひとつについてその意味付けを分析することから始めている。これは学習への直接的関与を超えて環境と人間の関係という一段高い視点での洞察が必要になるため地道な研究であるが、重要なプロセスであり、これがないと、感性でこういうものはよいはずであるというフォーマットができてしまう。

最近はビジネスでDesign Thinkingという考え方がよく使われているが教育においてもDesgin Thinkingが導入されるようになっている。逆コースデザインや探求学修などが例。学習スペースの問題は、本来のデザインが活用されるところであり、もっと研究される必要を感じている。浦田先生の研究成果が楽しみである。

 

研究員

花岡隆一

BYUで開発したE塾はディープラーニングで英語脳を鍛える

米国BYU渡部正和博士が開発したE塾に参加している。エレノア・ジョーデン先生(言語学)から学んだ言語習得法を基にして日本人向けに開発したものである。真正な英語習得法である。

第一に学習者中心の学びである。自分の能力を引き出す学びであり、自分で学んでいける能力をつけることにある。英語の3要素はモチベーション、正確さ、流暢さであるがこの3つは関係性があって、そのバランスを維持しながら成長しなければ上達しない。E塾の最終目標はネイティブに違和感のない英語である。教師は生徒の能力を引き出すために辛抱強く待つ。決して正解を言わない。(つまり正解はない)

第二にクリティカルシンキング、デープラーニング、クリエイティブラーニングの授業である。授業は終始質疑応答で進む。教師の質問が授業をつくる。さらには生徒の質問が授業を展開させる。教材が多様である。小説、評論、社説、TED Talk、政治スピーチ、映画、音楽、経済学、社会学、哲学、科学など社会に通じる分野でテーマを持つ授業である。対象のテーマに関して生徒のinsight(洞察)を執拗に求める。頭が疲れるぐらい。「あー、わかった、わかった、成る程そうか」「いや、なにかまだ疑問だ、もう少し考えよう」ということの繰り返しである。

第三に文脈で学ぶことの重要性である。単語や文法を意識しては英語は上達しない。単語や文章の一つひとつに意識があるとネイティブのスピードに追いつかないためにネイティブに違和感を与えてしまう。forward looking wayと言い、相手の話や文章の先を予測していくことができるようにならないとスピードは追いつかない。これは英語脳をつくるという作業でもある。

第四にユーモアやアレゴリーなど日本人に弱い思考が鍛えられる。即興で瞬時に自分の考えが表現できることは欧米文化には必須のことで日本人は慣れていない。比喩、類推、仮定、比較、ユーモアなどの表現も文脈で覚えていく。

第五にシーンに応じて話すこと(すなわち聴くこと)の戦略を覚える。例えば、議論というシーンではpostulation, hypothesize, extrapolate, speculationを覚える必要がある。

渡部博士のE塾は、「英語習得のパラダイムシフト」である。今までの英語を覚えるという学びでは考えたことのない枠外へ出て問題解決を図る挑戦である。コペルニクスの天動説である。渡部博士は言う。「明治時代の日本人英語1世はアムハースト大学にその事実があるのだが英語のうまい民族であった」にもかかわらず何故今英語が下手な民族と言われるのかを考えてみた。いつの間にか、日本人の、日本人による、日本人のための英語になっていたことに思い至る。(続く)

 

研究員
花岡隆一

クリーブランド管弦楽団とベートーヴェン、ICEモデル

フランツ・ウェルザー=メストが音楽監督をしているクリーブランド管弦楽団によるベートーヴェン交響曲と序曲の「プロメテウスプロジェクト」と銘打ったシリースが行われた。ベートーヴェンが熟知していたプロメテウスをメタファーとして、ベートーヴェンの交響曲や序曲を考えるという挑戦である。コリオランと8番、5番を聴いた。これだけで何かを言うことは難しいが、クリーブランドのベートーヴェンは気持ちを豊かにしてくれたことは間違いない。フランツ・ウェルザー=メストはベートーヴェンは、自身の政治的、哲学的な信念を音楽を通じて表明したものと考える。それは正義、自由、個人の価値などを思い起こすものであった。ICEで考えるとベートーヴェンが求めた究極の問い(Extensions)である。「人はどう生きるのか」逆境の中でも人は常に最善の行動を追求する。そうでなくてはならないと考え、ベートーヴェンはもっている才能の音楽によってそれを伝えたいと考えた。1番から9番がどうConnectionsしているのかは専門家に任せたい。ウェルザー=メストは「プロメテウスプロジェクト」でベートーヴェンの音楽について問いている。とても興味深いコンサートであった。

 

研究員
花岡隆一

ネィティブに違和感のない英語習得方法-米BYU渡部先生へのインタビュー

BYU渡部正和先生が開発した”Three Steps Way”というネィティブに違和感のない英語習得法に関しては本ブログでも何度か取り上げている。この度、渡部先生をお招きして、顧問のゲーリー先生にその中身について詳しくインタビューをして頂いた。

日本人が英語習得に壁があるのは国民性(奥ゆかしい、思慮深いことが美徳)にあるというステレオタイプの理由でなく、文字文化中心・能力主義認定制度が言語の秀でた人の言語習得能力を活かすようになっていないという指摘が新鮮です。さらに、英語習得は、「ことばの意味」「文法」の学びに偏っていて一番大切な要素である「文脈」での理解を英語教育では全くと言っていいほど無視してきた。この「文脈」で考えるということが”Three Steps Way”の本質である。

米国渡航一世の英語はとても優れていたという証拠がアムハースト大学のアーカイビングに保存されている。日本人は決して英語習得が不得手な国民ではないのである。英語脳ができないような教育をしていることに原因がある。英語を英語として理解しなければ、ネィティブにはいつまでも違和感が残る英語しか使うことはできない。いくら早く英語教育を始めてもパラダイムシフトをしなければ結果は変わらない。

渡部先生は日本で「みくに国際学園」という学校を設立して、BYU方式の英語習得法の普及に励んでいる。生徒の中心は海外での教育を目指す高校生であり、受験英語の学びでないにもかかわらず英語検定等の成績は極めて高い。

 

 

研究員
花岡隆一

「チームワーク」に関する学び

帝京大学で面白いセミナーを開催した。「チームワーク」に関する授業参観とセミナーをセットにしたものである。ひとつは、讀賣新聞の松本美奈氏による「(相手、対象に)なりきって(コミュニケートする)」という教養課程の授業である。松本美奈先生の授業はジャーナリストであるだけに、学びに「時間」の使い方を導入する。大体1~3分で区切り学生に活動させる。緊張感と集中力は自然と高まる。記事をコンセプトマップに描く予習を経て、チームワーク学習では話し手と聞き手の立場になりきってコミュニケーション力を磨く学習である。これができるようになるまでにはいくつもの要素をクリアーしていかなければならない。学生の成長が楽しみな授業である。

広島祇園北高校の柞磨(たるま)昭孝先生は、「学習」には他者性 (otherness)が存在すると言う。”No man is an Island entire of itself;”というJhon Danneの有名な詩があります。他者、社会に貢献しているという意識が学びになければモチベーションは継続しないということでもあります。

もうひとつはカナダのクィーンズ大学のAndy博士による「チームワークの進め方と評価について」と題したセミナー&ワークショップです。彼が仲間と開発した「チームQ」というツールを活用しながらチームワークの評価について考えました。企業や社会での仕事のやり方に関してチームワークは必須のこととして実践されているが、大学ではチームワークの理論的・実践的学びということはあまりやっていない。改めて大学の学びとしてチームワークを考えるということがAndy博士の狙いである。またチームワークはアクティブラーニングを促進するために必須の活動でもあります。「チームQ」も学生が中心になって作り上げたものです。素晴らしい!

 

研究員

花岡隆一

 

「質的データ分析ワークショプ」からの学び

看護教育者の育成に注力される星直子先生からご案内頂き、水野節夫先生の質的データ分析ワークショップに参加した。

「質的データ分析」というと、グラウンデッド・セオリー(Grounded Theory)を思い起こす人が多いと思う。看護学において定着している。水野節夫先生は第一人者であり、CM法(事例媒介的アプローチ︙Case Mediated)を開発されている。

データ分析には多様な手法があるが、水野先生の言う本質的なこととは、データに直面したときの態度である。つまり分析者の意志や意図の前に「データにきちんと向き合っているかどうか」ということである。

CM法の戦略として3つ紹介頂いた。<アイデアの風船飛ばし><なぞり><簡易整理法>である。素材に直面して、この戦略に沿って考えていくと基本的な流れができあがる。とても有効な戦略である。

 

 

花岡隆一
研究員

米国医学教育のアクティブラーニング

米国東海岸名門大学の医学教育を視察して、アクティブラーニングへの取組みに関する日本の医学教育との違いを考えてきた。訪問先は、Harvard Chan School (大学院)& Harvard Medical School、NYU Dentistry & NYU Nursing、University of Pennsylvania(Penn Medical)の5個所である。

米国の医学教育で特徴的なことは次の通りである。

第一に、教育・臨床・研究三位一体の「医学教育プラットホーム」の統合化を徹底的に促進している。データの共有化・活用を積極的に行っている。

第二に、医学部の授業形態は、TBL、テュートリアル、カンフェランス、シュミレーション、レクチャー等多様であるが、アクティブラーニングはどんな授業にも必須のこととして推進されている。

第三に、Student Engagementは米国の殆どの大学で重要な戦略となっているため、学習環境の整備は徹底している。即ち、アクティブラーニングクラスルームがない大学は考えられないという。

詳しくは別途視察レポートを書くつもりである。

 

花岡隆一
研究員

心に突き刺さる「問い」!

ICEモデルをプラットフォームとした探究研究が進んでいます。広島県祇園北高校の柞磨昭孝校長先生は、他者が存在してはじめて学びは成り立つことを実践で検証していますが、What, Why, Howの3つのステップでの問いづくりをICEモデルの各ステージにも沿う形で、かつこれを3次元化した「柞磨モデル」を開発しました。

柞磨先生からの引用です。「学びには「正しい」と「間違っている」がシンメトリーではない、ということの理解が図れるように気を配っています。状況や文脈における価値づけ(優先順位)、その状況において最も機能するものの選択・判断というプロセスが続きます。学校教育では予め正しいことが存在しているという前提で組み立てられてきたので、生きて働く力になりくいのです。答え探しばかりに意識が行ってしまい、まず自分がどう感じるのか、それは誰をどのように幸せにすることにつながるのか(他者性)ということを考えなくなります。

高校3年間で、生徒の一生の記憶に残る「問い」が一つでもできれば素晴らしい。それは社会的に価値があるかどうかというようなものではなくて、生徒の心に棘のように突き刺さり、その後の人生でときどき良心に問いかけるような、答えのない、或いは石ころのようにみえても、その子の人生にとってはダイアモンドであるような問いです。」

主体的学び研究所では、この「問いの形成」に関して学んでいきたいと考えています。

研究員
花岡 隆一